歴史的側面
1,クラシック音楽の素材としての音質の成立
キリスト教会が建てられ,音楽が伝導のための重要なファクターになると、聖歌隊に期待されたのは、限りなく純粋で清浄無垢な天上の響き、すなわち”天使の歌声”でした。
その天使の歌声の追求は、17,8世紀のカストラート達によって頂点が極められ、ついにその歌声のあまりの美しさが、後の世に”ベル・カント”と讃えられることになったのです。
その歌声の成立無しにはクラシック音楽の発展はあり得なかったでしょう。
2,鐘の音の意味
カストラート達の訓練はまず鐘の音を模倣することから始めたようです。
日本の釣り鐘もそうですが、鐘の音は最初の打撃音の後、余韻が長く続きます。
打撃音は強制振動、余韻は慣性振動と言えますが、この慣性振動による響きは「とても透明度が高い」という印象をもたらします。
そしてこの透明度の高さこそ、穢れの無い清らかさを表現するための必然的な音質だったのです。
3,打撃音と余韻の関係
ここで注目すべきことは、振動体の起動が適度にノイジーであることが、余韻の透明感をより際立たせるということです。
様々な楽器の個性は、音の起動時のノイズ成分によって、より顕著に現れます。
4,ストレスとは
打楽器や撥弦楽器では振動体の起動(強制振動)の後の余韻(慣性振動)は、自然に(振動素材の内部損失や張力、空気抵抗等々によって)消えて行きます。
余韻はまさにストレス(緊張)無しの音ですが、歌と吹奏楽器は息の流れ、そして弦楽器は弓の運びによって、その余韻を透明感を損なわずにコントロールすることが可能なのです。
しかし音楽の性質は徐々にストレスをかけ続ける方向に変わって行きます。レオポルド・モーツァルトが「最近のプレイヤーはすべての音にヴィブラートをかけすぎる!」と嘆いていることは、その頃からすでにその兆候が見え始めたということです。
5,アンダーハンドとオーヴァーハンド
中世からバロック期にかけて舞踏の様式が変化するにつれて、ヴィオール族の弓の持ち方”アンダーハンド”では、一拍目にかける重さが物足りなくなってきました。
そこでヴァイオリン族の、【弓元で十分に重みを確保出来る”オーヴァーハンド”】が、瞬くうちに浸透していったのです。
このことは音楽を表現するときの”弓元”の役割と重要性を、非常に深く示唆しています。→(*実際の技術~♩弓元の役割)
6,拍のヒエラルキー
例えば4拍子の曲で1拍目は高貴な拍、2拍目は卑しい拍、3拍目は次に高貴な拍、4拍目は一番卑しい拍とされていました。
【ダウンの記号"n" はnobiles(高貴な)を表し、アップの記号"v"はviles(卑しい)を意味する。】
従って、1拍目と3拍目には重さ、または長さ、あるいは両方、が与えられ、2拍目と4拍目には軽さ、または短さ、あるいはその両方、が与えられることによって、ヒェラルキーは具体的に表されていました。
このヒエラルキーの感覚を十分に身体にしみ込ませることは、その後の時代の音楽を表現するのにも、大変役に立ちます。
このヒエラルキーは小節対小節,楽節対楽節の大きな単位の方向にも拡大され、1拍の中の8分音符、16分音符の小さな単位の方向にも当てはめられていました。=イネガリテー(仏):不平等
7,フレーズ
フレーズとは、息のことです。
カストラートの中でも最高の歌い手とされていた「ファリネリ」は、一息で1分間歌えたと言われています。(♩=64なら16小節歌えたということです!)ワン・フレーズとは一息のことなのです。
歌と吹奏楽器にとっての息と、弦楽器にとっての弓は全く同じ働きをします。
「ひと弓でどれだけ長く楽器を響かせ続けられるか」という能力は、当然奏者のフレーズの長さに関係します。
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物理的側面
1.”音量は弦の振幅に比例する”?
多くの音響学、振動工学の書物に載っているこの定理は、弓を置くポイントが同じ(駒からの距離)ならば、という条件の元でしか成り立ちません。
つまり音量は、「弓を置くポイント(サウンディング・ポイント)が駒に近づくほど増える」といえそうです。
2,弓を置くポイント(駒からの距離)と負荷(弓圧)の関係
駒に近いほど圧力が要ります。
言い換えると、駒に近いほど重さがかけられます。そして駒に近いほど弓速は遅くでき,離れれば速くしなければなりません。
駒には4本の弦の張力による圧力がすでにかかっていますが、駒の近くを奏くことにより、さらに「その弦」に重さが加わることになり、駒に「その音」の負荷がかかります。
ボディーはその負荷に反応するのです。
3,弦の振動速度
弦が振動し振幅が起これば、当然その振幅に対する振動速度が生じます。
100Hzの振動数で振幅が1mmならば振動速度は秒速20Cmです。仮に100Hzの振動数で1Cmの振幅が有ったとすると,振動速度は秒速2mということになります。
"弓の速さは振動速度を超えていなければならないので"※Tempo60のとき1Cmの振幅が起こる位置で4分音符1拍ひくためには,2m以上の長さの弓が必要ということになるのでしょうか?
4,弦の振動の往と復は等速か?
”これは糸枕のほうから駒に向けた高速度カメラ(超スローモーション)の映像です。
Gの弦をダウン方向にストレスをかけ続けて奏いています。”
ご覧のように弦は弓の進行方向に引っ張られては急激に戻る、という運動を繰り返しています。
(従って※の答えは、ストレスをかけて弾く場合、往と復の比率をおよそ3:2とすると、1Cmの振幅の位置だと、だいたい120Cm以上の長さの弓が必要ということになります。)
右隣りのCの弦が共振していますが、(3等分の分割振動)
この共振の場合は完全な等速往復運動が繰り返されています。
5,撚り戻り振動
弦の断面は円です。その円の外周に弓を当てて引っぱるのですから、弦は当然弓の進行方向に回転しようとしますが、張力と弦の素材の剛性によって反対方向に反発します。
この繰り返しを撚り戻り振動と命名しました。
近、現代の作曲家が"sul ponticello"(駒の上で)という言葉で指示する音色は、多分にこの振動による高次倍音を期待しているようです。
この振動による音色が生きる為には、駒の溝(弦が載る)の深さが、弦の直径の3分の1以下でなくてはなりません。
6.分割振動
基音、すなわちある音程で区切られた弦の全長が振動する時に、この全長の振動に2倍、3倍、4倍、5倍、6、7、8、・・・・と整数倍の周波数をもった分割振動が乗ります。
これが倍音です。
分割振動には節(振幅が起こっていないところ)と腹(振幅で膨らんでいるところ)が有り、節を奏くとそれより高い倍音は消えてしまいますので、駒の近くを奏く程ほど倍音は豊かになる、ということになります。
7,弦の起動と慣性振動
指で弦をはじくと,弦はしばらくの間振動し続けます。はじいた瞬間は起動、振動が持続するのが慣性振動です。
弓で起動しても同じように、弦は振動し続けようとします。
この振動し続けている弦の振動速度に、弓の速度をストレスをかけずに同期させると、(同期と言っても前述したように、完全に振動速度に弓速を一致させると、弦の振動は止まってしまいますので、ごく僅かに弓を振動速度よりも速く動かさなければなりません。)慣性振動に限りなく近い、従ってとても透明度の高い音色が得られます。
8,弦の振動によるボディーの駆動
弦が振動しただけでは音波(粗密波)にはなりません。
(従って、サイレント・ヴァイオリン、サイレント・チェロ等が成り立つ。)
弦の振動によって駒が振動し、ボディーが振動する事によって初めて粗密波が発生します。
9,振動質量
子供達が大縄跳びをしています。長い縄の両端を持って二人で重そうに縄を廻しています。
この時の縄の重さは、静止状態の縄の重さより数倍重く感じるはずです。縄が回転することにより、遠心力が作用するからです。
弦が振動する時も同じように、振動そのものによって弦の質量は増加します。
この質量の増加は、弦の末端に弓を当てて弦の全長を駆動したときに最大になります。
つまり最も【重い振動】になるのです。
そしてボディーはこの振動の重さに反応します。
弓が駒から離れれば離れるほど軽い振動になって行きますが、振幅がどんなに大きくても、この【軽い振動】にはボディーは十分に反応しません。
10,弦の静止質量と抵抗
弦を起動しようとするときには、当然抵抗に出会います。
弦はその張力と質量によって震えまいと抵抗しているのです。
この抵抗の度合いは、弓が駒に近づくほど大きくなります。
つまり前項の、より【重い振動】を起こそうとすることになるからです。
この大きな抵抗を打ち破ることによって、楽器は大きな響きを獲得します。
起動された弦を引き続ける場合でも、ストレスをかけ続けるならば、やはり抵抗が存在しつづけます。
その抵抗を破り続けることによって、ボディーは響き続けるのです。
11,共鳴とフィードバック現象
弦が例えばGの高さで振動すると、ボディーはGの音程で共振し、そのボディーのGの振動が帰ってきて弦をGで縛ります。
よく響く楽器ほど弦が重たく感じられるのはこの為です。
さらに、ボディーのGの振動により粗密波が発生し、ホールはGの響きで満たされます。ホールの響きが帰ってきてボディーをGで縛ります。そしてそのボディーのGもまた弦に帰ってくるので、
よく響くホールほど、さらに弦が重たく感じられるのです。
12,弦を選ぶ
- 弦の重さ
弦の重さが張力を決定します。
重い弦ほど、弓が駒から遠のいても音が崩れ難くなりますが、その代わりに駒の近くが弾きにくくなります。
軽い弦はすべてその反対で、従ってサウンディング・ポイントの幅が狭まります。(駒からの距離が狭まる。)
駒から指板の始まるまでを、弾き手のパレットとすると、その間の音色を自在に調合できる、その楽器に合った重さの弦がきっと有るはずです。(注:パワーを得ようとして重い弦でバランスを取ると、4本の弦の張力が大きすぎるため、ボディーが圧迫され、響きを殺してしまっている場合が有ります。) - 弦の曲げ易さ
弦の曲げ易さは倍音の質に関係します。 - 弦の太さ(直径)
弦の太さは起動のしやすさに関係します。 - 弦の材質
- 弦の構造
身体的側面
心理的側面
自分と楽器
委ねること [#e19e4d57]
肩とひじの力を抜いて、弓元で弦に腕の重さをかけようとする時、敏感な人ほどある種の恐怖感にとらわれます。自分の腕の重さを弦に委ねるということは、”自分を楽器に委ねること”すなわち”自分を手放す”ことに他ならないからです。
手放すためのヒントはこちら
自分と楽譜
自分と聴き手
実際の技術
- 楽器を構える
まず自分がリラックス出来るように、姿勢を決めること。
姿勢を決めてから楽器を迎え入れる。
楽器に自分を合わせようとすると、身体が歪みます。- 椅子の高さ
膝裏の高さに揃えます。
椅子の座面は水平であること。
- 脚の構え
右左は均等に開き、下腿は膝から垂直にたらし、
かかとが浮かないように足裏を床にべったり着ける。
- 椅子の高さ
- エンドピンの位置
エンドピンの先は左右のつま先から等距離ではなく、
若干左寄りに(5、6Cm)
立てる事。
これは左手の、ハイポジションへのシフティングに
関係するので注意。 - 楽器の角度
- 胸の当てどころ
みぞおちから上の方に指で探って行くと胸骨が有ります。その胸骨で支えることにより、よりしっかりした響きが確保できます。 - 棹の位置
- 弓の扱い
- 弓の持ち方
写真1
- 弓の持ち方
写真2
1、支点
まず”写真2”のように中指と親指で挟み、
弓を指で操る為の支点を確保しますが、
挟むところは毛箱や巻き革のところではなく、
ストッパーの直前の竿の部分を、
親指の先端と中指の☞第二関節で挟みます。
親指の☞第一関節は曲げておくこと。
☞(この第一、第二関節という呼称は正式な物ではなく、
付け根の方から数える場合と指先の方から数える習慣が、
両方流通しているようなので、このページでは
指先から数える事にします。)
2、力線
このとき親指の弓との接触点と中指の弓との接触点を結ぶ、
言わば「力線」と呼ぶべき線が、竿を貫くように
挟まなければなりません。(締め付けたとき
親指が竿の下に潜り込まないように。)
3、指と弓の角度
そして前から見て、弓に対する中指の角度は
基本的には直角です。(状況に応じて変化する。)
4、残りの指
残りの指は、確保した支点を中心に
無理に広げたりせずに、自然に弓に添わせます。
- 弓元の役割
弓元というのは手の真下にあります。従って、一番純粋に弦に腕の重さがかけられるのです。 - 肘は錘り
肩と腕の力を抜き弓元で弦にもたれる時、
肘はぶら下がった腕の”錘り”になります。
- 手の甲の向き
ガンバ属の弓の持ち方アンダーハンドや、
コントラバスのジャーマンボーを考えてみて下さい。
手の甲の向きは下向きか横向き(外向き)で、
ヴァイオリン属のように上を向いていません。
肘をブラ下げて腕をダウン方向に伸ばすとき、
手の甲が横向きの場合と上向きの場合を
比べてみて下さい。
横向きの方がずっと楽で、しかも自然なことに気づくでしょう。
ヴァイオリン属のオーヴァーハンドは、
弓元の重みと引き換えに、腕の運びの自然さを
少し犠牲にしているのです。
- 弓先に腕の重さを移すには
まず親指、中指の支点をしっかり締め、
その点に対して人差し指に下向きの力を加えます。
(肘は垂れ下げようとする事。)
この方法での弓先の圧力は、親指と中指の
締めの強さに比例します。
習熟すれば、腕を全く”捻らずに”プレス出来ます。
『弓先に圧力をかける為の方法で多く見かける間違いは、
腕を内側に捻ってプレスしようとすることです。
捻る(ねじる)ということは常に、
しなやかさを失う事です。
(ぞうきんでもねじれば固くなります。)
さらに、手の甲が内側を向く事で肘と肩に過大
な無理がかかります。
この状態でフォルテで細かいデタシェを弾くとなると、
どんなに若くて新しい筋肉でも悲鳴を上げることになるでしょう。』
- 抵抗に対する右手首の受動的運動
- スウィングの支点の種類と補正
- 弓元の移弦
- 沈めると浮かす
- 左手の原理
- ストッピングとは
弦の長さを区切り振動数を変えることです。
弦は駒と糸枕によって長さが区切られています。
- 圧力の確保
糸枕によるストッピングはほぼ完全なので、
開放弦の響きのクゥオリティーは最高です。
このクゥオリティーに近づける為に、
しっかりと弦を指板に押し付けることが必要なのですが、
その為には腕の重さを利用します。
例えばストッピングは指を使わなくても、
前腕や掌(手のひら)でも出来ます。
目的の弦に前腕を載せ、指板にもたれてみて下さい。
これでも相当立派な音が出ますし、音程も取れます。
次に掌の小指側を載せ重さをかけてみて下さい。
さらに精妙に音程が取れ、
柔らかく幅の広いヴィヴラートさえ出来ます。 - 肘の高さ
- 手の甲の向き
- 拡張ポジション
- シフティング
親指と向かい合わせた他の指とで棹をはさみつけていると、自転車のブレーキ状態になっているので、一度それを緩めないと(他のポジションに)移動出来ません。
- ストッピングとは
実践動画集
(もうしばらくお待ち下さい!)
- 弓元で重さを掛ける